今回はドラマの話
今冬のドラマは「ラムネモンキー」を見てました。
あらすじ
1988年、中学の映画研究部でカンフー映画を製作していた3人の少年たちの物語。
すっかりおじさんになった少年たちは、それぞれが思うようにいかない現実に直面していた。
そんな中、故郷・丹辺市を離れていた吉井雄太(反町隆史)と藤巻肇(大森南朋)のもとに、「丹辺市の建設現場で白骨が発見された」というニュースが添付されたメールが届く。それは丹辺で理容店を営んでいる菊原紀介(津田健次郎)から送られたものだった。
紀介の店に集まり、昔話に花が咲かせる彼らは、映研部顧問の女性教師・マチルダこと宮下未散(木竜麻生)の謎の失踪事件を思い出す。
断片的な記憶をかき集め、建設現場で発見された白骨はマチルダでは?と疑惑を持った3人は、かつてはレンタルビデオ店で映研の部室でもあった店、今はカフェ「ガンダーラ」のアルバイト・西野白馬(福本莉子)の力を借り、SNSを駆使してマチルダの情報を集め始める。
面白いけどずれる思い出
ラムネモンキーは「つまらない」という感想も多いみたいですが、その理由の一つが「なんかちょっと記憶と違うなぁ」なのではないかと思う。
主人公である3人と同世代には、微妙に「思い出」がずれていてる気がするんですね。
彼らは女性教師を「マチルダ」と呼んでいます。「機動戦士ガンダム」に登場するキャラクターで主人公アムロの初恋の人ですね。
今でこそ人気のガンダムですが、88年の中学生にとって「機動戦士ガンダム」はそれほど夢中になれたアニメでは無かったと思う。見てたとしても再々放送?むしろこの世代は「Zガンダム」のほうが見てたんじゃないかなぁ。中学時代なら「シティハンター」あたりのはず。
タイトルの「ラムネモンキー」もジャッキー・チェンのカンフー映画「酔拳・ドランクモンキー」や「カンニングモンキー」からきています。
けれど88年頃のジャッキーの映画と言えば「ポリス・ストーリー」のように、近代を舞台とした映画が主流です。
ちょっと違うんだなぁ。
とはいえファーストガンダムも酔拳も、しっかり記憶にあります。が、それは小学生時代の記憶であって、中学では無い。
その小学生時代に見てたものを、中学生になっても楽しんでいる少年たちっていうところが、なんか違う、という点では無いかと思う。
わかるんだけど、思い出が重ならないなぁ、って感じがしました。
88年という時代
あの頃「中学生はゲームやアニメ、漫画は卒業」という風潮があったと思うんですよ。実際はアニメも漫画も見てたし、ゲームでも遊んでたけど、教室で話題にするのは子供っぽいヤツ って感じだったんですね。
だから彼らが、周囲から浮いていた少年たちなのは分かるんだけど、でも熱中してるものが、微妙に上の世代だと思うんだなぁ。
「ラムネモンキー」では、「あの頃の懐かしいあれこれ」が、おじさんになった彼らの「ファンタジー化された思い出」の中に、ごちゃまぜになってる。
あの時、あれにはまったよね~っていう、リアルな思い出じゃないんですよね。現実を美化する装飾品になってる。そこが楽しめるかどうかで、ドラマの評価が変わると思う。
少年時代にあんなに夢中になった事を忘れるのか?という疑問もある。でも、88年はそうなっても不思議ではない年だと思うんですよ。
ドラマでは触れられてませんが、88年の年末と言えば昭和天皇の病状が連日報道されていました。この年末年始は〇〇㎖下血という見出しが続き、テレビやCMでは一部の表現が自粛されたりもした。
年が明け1989年・昭和64年を迎えたけれど、1月7日に昭和天皇は崩御、わずか7日で昭和は終わりました。
88年は埼玉連続幼女誘拐殺害事件があり、89年に犯人逮捕。この犯人の趣向嗜好が話題になって、「おたく」という言葉は、負の印象と共に世間に周知されていったと記憶してます。
同時期に起きたリクルート事件も、当時の子供たちにはよく理解できなかったとしても、のちにじわじわと暮らしに影響してくる出来事でした。
なんというか、ざわざわしてる年代だった。
呑んで呑んで
時代そのものが変わり、生活も変わり、おたくな趣味も謳歌できない。88年のラムネモンキーたちは、子供ながらにいろいろな変化を呑んできたのだと思う。
大人になって社会に出れば、上司は根性論の体育会系、後輩は掴みどころのないゆとり系、頼りの先輩は氷河期世代だから居なかったりして。
あの3人に限らず、昭和に少年少女だった今の中年な大人たちは、その半生の中で酸いも甘いも嚙み分けて、時には無理な要求を、あるいは煮え湯を、あるいはうまい話、耐え難い現実も呑み込んできた。そして強くなって令和の今を生きている。
それは、どの時代に生きた子供でも、大人になったらそうなんですよね。
最終話、丹辺の少年たちも「マチルダ失踪事件」を追いかける中で、出逢った多くの事実を呑み込んで、忘れていたマチルダとの約束を果たすべく、それぞれが動き出す。
「(数多の現実を)呑めば呑むほど強くなる」
ラムネモンキーというタイトルには、そんな思いが込められてる気がする。
余談だけど、1人丹辺に残った紀介が、雄太と肇を「事件があった」と丹辺に呼んだのも、映画「IT」のオマージュっぽいし、ドラマ内には「ニューヨーク東8番街の奇跡」「バタリアン」を彷彿とさせる場面がある。あの頃の映画に詳しい人が見たら、そういうオマージュシーンはいっぱいあるのかもしれないです。
そんなわけで、「ラムネモンキー」は、楽しめましたです。