はなむし

 

 

ひかわきょうこさん作の「彼方から」のアニメ、ティザーが出てました。

まあ、賛否両論ではありました。

アニメはアニメなりの良さが出ていれば良いのかなぁ。

 

 

まったくもって個人の感想ですが、花虫がイメージと違ってた。

私的にはこんな色でした。

 

 

 

花虫

 

かなり雑に作ってしまったけど。

濃くした桜貝色のカブトムシの幼虫みたいなのを想像してました。

背景とかはさらにざっくりです。すみません。

 

典子はオリジナルに忠実にすると、古臭い女の子になってしまから、制服とかを現代風にしたのは仕方ないですね。

作中で典子は自分の髪を「明るい茶色」と言っていて、イザークの黒い髪と比較したりしてます。かといって原作カラー通りにしたら、どこかの界隈から「ノリコは日本人じゃない」とか言われそうなので、あの色が妥当なのかもしれない。

 

ただイザークと初めて会う「樹海」は「金色のふかふかした苔」という描写だったはずなので、そこは拘ってほしかったです。樹木もマングローブみたいな根を張っていて、カラーじゃなくても、典子がいた世界ではない事が伝わってました。

男性キャラクターは良い感じでした。

まあ、もともとアニメはあんまり見ないので、見ないかもしれない、見るかもしれない。

 

 

 

泣き童子 泣く子とねずみと六部〇し

こんにちは。本日は本の感想です。

宮部みゆきさんの「三島屋変調百物語」の続きとなります。

 

 

 

 

 

 

シリーズの三作目は 「泣き童子」 六話が収められております。

この六話から感じたのは「災」でしょうか。

これは第二話となる「くりから御殿」が、東日本大震災の後に執筆されており、天災を生き延びた人のお話だということもあります。そして他の話もまた、人の世の様々な「災い」に纏わる話が語られていたからです。

 

第一話の「魂取りの池」の語り手は”お文(もん)”という娘です。おちかと同い年か少し下あたりという年齢で、嫁入りを控えています。

お文は、聞き手のおちかが自分と同じ年ごろなので、語る気になったのだそうです。「泣き童子」の中では、ほっこりできるお話でした。

 

 

黒白の間

 

今まで触れてませんでしたが、語り手が招かれるのは三島屋の「黒白の間」です。

もともとはおちかの叔父・店主の伊兵衛が囲碁を楽しむ間で、百物語を始めるきっかけとなった客も、伊兵衛の碁敵でした。

その黒白の間に語り手を迎える時、おちかは床の間に季節の花を生け、掛け軸を飾り、もてなしの準備をします。

お文の来訪は秋、おちかは黒白の間に今にも毬が落ちそうな栗の枝を飾ります。

 

栗が象徴するものは「贅沢」「豊穣」「勝利」といったものです。一つの毬に実が複数なるので「子孫繁栄」ともされているようです。 毬は「魔除け」「保護」です。

語りを終えたお文が去った後、黒白の間の描写は、お文の、そしておちかの行く末を示しているようでした。

 

 

泣き童子

 

さらにちょっとネタバレします。

 

 

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三島屋は「あんじゅう」の後日談で、盗賊に襲われています。

が、同作で投入されたおちかの仲間たち、お勝、青野利一郎、行然坊、丁稚の新太の遊び仲間たち、半吉親分(岡っ引き)などなど…が力を合わせて事なきを得ます。

とはいえ、おちかは身をもって盗賊の恐ろしさを知ったわけです。

 

この後日談は、おちかを気にかけている人がたくさんいますよ、というお披露目だけではありませんでした。江戸がどんなところか、盗人はどんなふうに仕事をするのかを、読者に予習させるようなものだったのです。

 

 

 

 

 

第三話の「泣き童子」は、霜月を迎えた江戸の「ねずみ祭り」から始まります。商家にとっては商売繁盛を願う大切な行事だそうです。

 

tukitodora.exblog.jp

リンク先のブログさんは移転されて、その後は休止中のようです

 

三島屋では伊兵衛独自のしきたりとして、奉公人も巻き込んで顔に白粉を塗って「ちゅうちゅう」と白ねずみの真似をするらしいです。通いのものには小豆飯とお酒の土産を持たせ、住み込みのものには仕出し屋の料理が振舞われる…忙しい正月よりも楽しい息抜きなのだとか。奉公人を大事にする三島屋らしい行事です。

 

「泣き童子」の語り手は、そんな空気を一変させるように、飛び込みで(通常は口入屋の灯庵を通します)やってきた怪しい男でした。

 

面白いことに、この男が語る話にも”もん”という娘が登場します。

「魂取りの池」を語ったお文と近い年齢で、同じように親に愛され、同じように恋に悩み…同じように悋気もちで…同じように嫁入りの話があり…。

確かに違うのは、お文はおちかにその幸せを願われながら、黒白の間から送り出されたこと。 もんはおちかの中に、いつものようにおさめられたことでしょうか。

 

男の語りは長いもので、もんに始まり、ある商家が押し込みに襲われる話を経て、もんの話に戻ります。三島屋にも盗人が入ったこともあり、おちかにとっては、かなり生々しく重苦しい話となりました。

 

 

 

この時、黒白の間には白ねずみの絵を掛けてありました。

先に書いたよいうに、ねずみ祭りだからです。

白ねずみが碁盤の上で遊んでいるもので、伊兵衛の碁敵である絵師が描いたものだそうで、語り始めに、男とおちかはひと時この掛け軸の話をします。

男が「物事の善悪を見極めて白黒をつける、という意味があるのだと思っておりました。」と言い、おちかはいつものように「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」を伝え「善悪を見極めるなど高飛車なことはいたしません…」と答えます。

この短いやりとりが妙に引っ掛かりました。

 

 

己が罪の塊

 

話が少し飛びますが。

「泣き童子」を読んでいると、いくつかの伝承や都市伝説が浮かんできました。そのひとつが、「今度は落とさないでね」という都市伝説で、これは怪談「六部殺し」が現代版になった感じでしょうか。

ちょっと調べてみたら小泉八雲の「持田の百姓」なども近いお話でした。

 

 

 

「泣き童子」が「今度は落とさないでね」や「六部殺し」と違うのは、子供はただ泣くばかりなことと、罪をとがめる幼児が二人出てくることです。ここがなんとも三島屋百物語らしいと思うのです。

 

二人目の泣き童子は各々の話通り、かつて罪を犯した者の実子ですが、最初の泣き童子は、身寄りのない「へその緒がついた赤子」でした。

赤子見つけた商家の夫婦は「うちの店の前に見つけたのだから、捨てられたのではなく、うちに預けられたのだ」と大事に育てたのです。

その子は、ただただ人の罪の相を見て取る、無垢な子供だったのでしょうか。

二人目の泣き童子が、実の親に「あたしの罪の塊」と言われたように、一人目の泣き童子も、誰かの罪の塊なのか…。子供の姿をしているだけの怪異なのか…。

 

 

「泣き童子」の終いは、またしても黒白の間の掛け軸に視線が向けられます。

碁盤の上で遊ぶ白ねずみに、ほんの少し新たな描写が加えられていました。

なんというか、なんの根拠もないうえに、明確な答えはないけれど、ああそうなのか…と思ってしまいました。

まあ、こう書いていても「なんのこっちゃ?」なのですけどね。

 

 

 

 

 

 

三島屋がねずみ祭りで「ちゅうちゅう」とねずみの鳴きまねをするのは、白ねずみが大黒様のお使いで、ねずみが米蔵に棲みつくほど豊かである、白ねずみが多くなり、満足するほど、大黒様のご加護をいただける…ということらしい。

ねずみが鳴くのはうれし泣きで、豊かさと繁栄の証、ということなのでしょう。

 

 

店が繁盛し、町が栄え、人が増えるのは良いことばかりでありません。

人が増えれば、諍いも増え悪人も増えるでしょう。いつのまにか碁盤の戦局が変わるように、自分の資産が減り、心に不信が占めていく。

大黒様の白ねずみが、黒ねずみになってしまうこともあるでしょう。

人を羨み、妬み、嫉み、富むものいれば、貧するものもいる。

我が子を育てられず、手放してしまうもの、始末してしまうものいる。

そしていずれは、泣き童子が生まれてしまうのかもしれない。

 

 

 

「泣き童子」思うことが多すぎて、表題作以外にほとんど触れられませんでした。

というわけで、次回?は「小雪舞う日の怪談」や「まぐる笛」などの感想も書きたいと思います。

 

 

 

久々のアニメーション

こんにちは。

本日はblenderです。

 

ミニアニメーションを作ってます。

こんな動きをさせようかなぁ、という感じで作ってます。

 

 

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なんかねぇ。ストーリーを考えて作ろうかなぁ、とも思うんだけど。

いざ取り組むとなると、考え過ぎてできないんですよね。

 

あ、そういえば鬼武者の体験版を遊んでみました。

操作が難しかったです。名称忘れたけどいわゆる「弾き」と「受け流し」などのガード系ができないんですよ。

もともとアクションが下手なので、タイミングはもちろん、ガード後に攻撃につなげるのにもたもたしてしまう。

どうしようかなぁ…って感じです。

 

個人的には体験版で爽快感が感じられなくて、むむむっとしてるとこです。

もっと練習したらよいのかもしれないんですけどね。

がんばろー。

 

 

 

 

 

 

 

あんじゅう 三島屋変調百物語事続  人と神

こんにちは。

本日は小説の感想、宮部みゆきさんの「あんじゅう 三島屋変調百物語続」です。

 

前作の「おそろし 三島屋変調百物語」では「家族」がテーマで、その中に属さない(居場所がない)人たちのお話、と私は感じました。

もちろん語りの中では、分け隔てなく愛情を注いでくれる人もいるわけで。その温もりに気づき、応えようとした者は救われているように思います。

 

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百物語聞き手のおちかも、自分を見守ってくれる周囲の温かさはわかっていても、それに甘えるのは許されないこと、と頑なに心を閉じていました。

けれど百物語の異界に渡り、語り手の心に触れることで、少しずつ前を向き始めます。

百物語事続は、そんなおちかの再出発となるお話です。

 

 

 

「あんじゅう」から感じたのは「寄り添う」です。

山里でも町中でも、江戸の人々の暮らしには神が寄り添っていてました。時に絆となりしがらみとなり、迷信、あるいはしきたりとして語り継がれていく。そして侵したものに怪異となって襲い掛かってくるのです。

 

 

本作には4話が収められています。

荒ぶる怪異を人の優しさが鎮める話もあれば、思いが過ぎて迷信を障りに変えてしまう話もあります。人の身でありながら神や仏のごとく、守ったり呪ったり、やはり恐ろしいのは人間なのでしょうか。

 

第三話の「暗獣」は、人と異界のモノノケが互いを思いあうお話です。

このお話は「お屋敷話」でもありまして、舞台となる家は「紫陽花屋敷」と呼ばれています。紫陽花は「移り気」という印象が強いですが、「一家団欒」「調和」の象徴でもあるようです。

紫陽花屋敷のモノノケは、住人である老夫婦に”くろすけ”と名付けられ愛されます。

土壌により色を変える紫陽花のように、人により怪異の見え方、捉え方は変わることもある…くろすけの話は切なく哀しいものでした。紫陽花の花言葉には「一途な愛情」もあるそうです。

タイトルを「あんじゅう」にしたのは、安住(安生も含むかな)という意味も込めたのですよね。くろすけが幸せでありますように。

 

 

 

 

 

さて、この4話たち。先にも書いたように人の暮らしに神が寄り添っているのですが、一話ごとに、おちかに寄り添ってくれる心強い仲間が登場します。(既出の人物が成長するお話もあります) おそらく、準レギュラーとしておちかを支えてくれるのでしょう。

百物語聞の守り役となるお勝の登場は、次の語りが重くなるよ、と示唆しているようでもあります。それを踏まえてか「三島屋」にも厄払いのような出来事があるので、さらに気を引き締めて次巻に挑まなければ!

 

 

 

 

 

 

 

それではまた

 

瞳孔をボーンで制御する

こんにちは。

本日はblenderです。

 

ちょこちょこアニメーションも作っています。

今のとこ、体を動かせることが楽しいのですが、表情も付けたいんですよね。

 

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以前にちょこっと書きましたが、モデルを動かすにはボーンってものが必要です。

でも、ボーンを付けたらすんなり動かせるものでもありません。

たとえば、頭を動かすボーンをheadという名前にしたとします。

 

で、このheadボーンを動かしたときに、モデルのこの部分(頭部)を動かすよ、って設定をするんです。これがうまくいかないと、モデルは綺麗に動かないんですね。

うっかり足先あたりも「動かす部分」に入れてしまうと、headボーンを動かした時、頭部と一緒に足先も動きます。 目玉を「動かす部分」に設定し忘れると、頭が動いても目玉が取り残されます。ホラーです。

 

特に顔は細かい動きをするので「このボーンでモデルのこのへんを動かす」のは難しかったりします。小鼻を膨らましたいのに、唇が動いてしまったら困りものですよね。

そんな時は、別の方法があります。きっと私が知らない方法もいっぱいある。

いろんな技術でCGアニメやゲームは作られているんですねぇ…。

 

瞳の動き

さて、顔の表情で重要なのはやっぱり目ですよね。

実際の人間は瞳の大きさは変わりません。瞳孔が開いたり閉じたりする程度です。

でも、フォトリアル以外のCGでは感情を表現するのに瞳の大きさは、結構変わりますよね。

 

 

瞳の動き

 

これは瞳ではなくて、瞳孔がちょっと小さくなってます。わかるかなぁ。

この小さな動きでもCGで変化させるとなると、知識の浅い私にはそこそこ大変でした。

いろんなやり方があるみたいなんですが、今回は「マテリアル」のカラーデータを変える方法をとり、さらにその変化をボーンで操作できるしくみも作りました。

色や形を変えるだけなら簡単なのですが、アニメーションに組み込むには、ボーンで動かせたほうが作業が楽になるからです。

画像右側の赤い矢印付近の、黄色のボーン(ボーリングのピンみたいな形)を右に動かすと、瞳孔が縮むのです。

文字で書くと単純なのですけどね。設定はややこしかったです。

 

 

顔に表情がつくと、声をつけたくなるんですけどね。

声と口を合わせるのも大変だけど、そもそも声をどうするかって話です。

やっぱりずんだもん界隈? まあそれはずっと先になりそうです。

 

 

 

 

おそろし みっつの「あちら」と「こちら」

 

 

 

 

こんにちは。

本日は本の感想です。

田鎖ブラザーズの考察、というか妄想で「もっちゃんの文字が―」とか書き散らして、ぜんぜん的外れだったんで、この感想もずれにずれてるかもしれないです。

 

 

宮部みゆきさんといえば、有名なミステリー作家ですが、もったいないことに今まで読んだことがありませんでした。「火車」を途中まで読んだような…?

 

先日、ふと目に留まった「三島屋 変調百物語」のコミック版が面白かったので、これは原作も読まねばと、今更ながら読み始めています。

 

 

あらすじ

 

川崎宿の実家で惨事が起き、塞ぎ込んでしまった17歳のおちかは、江戸で袋物屋「三島屋」を営む叔父・伊兵衛のもとに身を寄ていた。

ふとしたことで、伊兵衛の代役として客を迎えたおちかは、不思議な話を聞くことになる。

 

原作の「おそろし」が全四巻の漫画になってます。

絵がとても丁寧です。

 

 

 

 

漫画家さんも言われてますが、コミック化において削除せざるを得なかった部分が、物語の深みになっていて、なにかしらの暗示なんじゃないか?と勝手に妄想をしてしまいました。

 

シリーズ第一作となる「おそろし」は5話が収められています。

「めったにない出来事」と思っていのに、伊兵衛の客が語った話は、おちかの実家で起きた事件と似ていて…。第一話の「曼殊沙華」は三島屋で変わり百物語が始まるきっかけとなるお話です。

おちかは不思議な話を聞く中で、様々な人の様々な心に触れ、少しずつ自分の影に向き合っていきます。それはおちかの心が「こちら側」と「あちら側」を行き来することにもなるわけです。

 

軽くネタバレにします。

おちかの叔父・伊兵衛の「三島屋」は、『笹に袋物を吊るしての振り売りから一代でつくりあげた店』で、江戸の袋物屋の名店といわれる「越川」と「丸角」をむすぶ長い道筋を夫婦で振り歩いていた。いよいよ店を構えようとなった時、なじんだ道筋のどこかにしようと二人は決めていて、めぐりあったのが三島町の貸家だった。

 

この「三島屋」のなりたちがわりと丁寧に語られているんですね。これはおちかという若い娘が「変わり百物語」の聞き役を務めることが、読者にも「江戸の人たち」にもすんなり受け入れられるための、説明のようなものだと思う。

とはいっても、袋物屋の名店の二店の間を…というのはそれほど必要でもない気がする。するけども、この「ふたつの場所をむすぶ道を行き来してた」という点が、おちかの「変わり百物語」に似ていてるのが気になります。

 

そして百物語のお話も、どこか必ずおちかの背負う過去に掠るのです。

おちかの実家は「丸千」という旅籠で、丸千にはおちかと兄と、幼い頃から一緒に育った拾い子の松太郎がいました。

「おそろし」は松太郎のように、血の繋がらない家族の中で育った者たちが、物語の中心にいるんです。家族じゃないから、家族だから、家族でなくても、家族でなければ…。

その「家族」をとりまく人々の情が、時には篤かったり、時には冷たかったりで。ああ、やっぱり怖いのは人だよな、なんて思ってると「あちら岸」がいつのまにか近づいてきたりする。

 

「おそろし」には「三島屋」とおちかの他にも「ふたつの場所をつなぐ道筋」を使うものが登場します。その正体はまだよくわからない。わからないままかもしれないし、「三島屋変調百物語」に深く関わるのかもしれない。

もうそうなってくると、おちかの身に起きた事件も、三島屋に身を寄せることも、変わり百物語を始めることも、みんな仕組まれてたんじゃないかと勘繰ってしまうわけです。

 

つぎの「三島屋変調百物語」は「あんじゅう」です。

 

 

 

表紙がかわいらしい。

読むのが楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田鎖ブラザーズの最終回が楽しみ。もっちゃんが犯人だと不自然なので違うと思う。

こんにちは。

本日はドラマの話。

「田鎖ブラザーズ」です。

いよいよ最終話ですね。楽しみです。

 

8話を終盤で、もっちゃんこと茂木幸輝(山中崇)から小包が届いてましたが、伝票の文字がすごく綺麗で、え?もっちゃんってこんな丁寧な字を書くの? 思いました。

9話では、もっちゃんが残したレシピがちらっと映ったのですが、うーんなんか伝票と字が違ったような…。

ネット考察でも話題になってましたね。でも「小道具さんのミス」とか「そこまで考えて作りこんでないのでは?」という意見もあったりして面白いです。

 

晴ちゃんが犯人??

 

晴子(井川遥)が田鎖一家事件の犯人では?という考察もありますね。

運搬役だった漁師のコウジさんは、取引が成立しなかった報復(?)で殺されてしまった(晴子の亡くなった父は漁師だった)から、その復讐をしたという説です。

う~~ん。どうなんだろう。

晴子は父親が密造銃の運搬役だったって知っていて、それが辛島工場で作られたのも知っていて、さらに従業員の田鎖が邪魔したって事も知っていたの?

 

おそらく津田(飯尾和樹)はコウジのところにも、取材に行っていただろうから、その会話とかを聞いてたら、田鎖父までたどり着くことも可能かもしれないけど、それなら自分の父親が何をしてたかも知るだろうし、そのうえで復讐するかなぁ?どうなんでしょうね。

 

 

もっちゃんが犯人??

 

中華店と母の命を守るため、もっちゃんが田鎖一家の殺害を指示されて…というのが今のところの真実です。

う~~~~ん。どうなの?

本当に田鎖一家に生きててもらっては困るなら、絶対確実に任務遂行してくれる人にやらせない? 実際、子供たちは生き残っているのだから、もっちゃんはしっかり失敗してる事になる。そしたら約束は反故になるのも当然で、お店や母親ばかりかもっちゃんだって、無事ではないと思うけど。

もっちゃんが約束を守ったとしたらなおさら、口封じとしてほうむられて、息子のために頑張ってた母親も立ち退きに応じることになる。

でも、そうはならなかった。そこになんかあるのかなぁ?

 

 

 

なんで密造銃を戻したの?

 

もっちゃんは、田鎖兄弟の自宅から密造銃を持ち出している。

で、後日小包で送り返している。なんで?

伝票の筆跡とレシピの筆跡が違う→密造銃を送ったのは別人→それは誰?

ふみ(仙道敦子) …兄弟が自分たちのところにやってくるだろう、病気で過去の秘密を口走るかもしれず、身の回りの世話もしないとならない。夫が重荷になってきたふみは、兄弟に始末してもらおうと企んだ…とかかなぁ。

 

 

わからないこと

 

真の後輩である宮藤(中条あやみ)が 犯罪被害者遺族の関連がある弁護士を訪ねていましたが、それがどんなふうに最終話に繋がるのかな?

真が晴子に貰った腕時計を晴子に預けたのは、晴子との関連を断ち切るため?

予告でちらっと映った鑑定書?みたいのは、もっちゃんの死因の詳細?

津田は取材メモを持っていたのに、時効を迎えても密造銃の事を、世に出さなかったのは何故?

密造銃を作っていた辛島貞夫(長江英和)は、工場火災後も五十嵐組と繋がっていたのかなぁ?五十嵐組的には津田をどうこうするより、貞夫に消えてもらったほうが安全だと思うんだけどなぁ。

 

 

兄弟の行く末

まあ、あれこれ考えてもあと数日で最終話を迎えます。

被害者遺族である兄弟が、加害者にはならないで欲しい。